年下夫は妻の訛りが愛おしい ~ただしヤンデレ風味~

年下夫は妻の訛りが愛おしい ~ただしヤンデレ風味~

last updateLast Updated : 2025-11-11
By:  綾雅(りょうが)Updated just now
Language: Japanese
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 隣国の王族と政略結婚した王女アンネマリー。夫になる王弟殿下とは、歳の差が十二歳……もう息子なのでは? それでも愛らしい夫に満足するアンネマリーですが、まさかの言葉の壁が……どうやら彼女に言語を手ほどきした教師が地方出身者だったようで? 時折出るスラングで意思疎通に勘違いが発生しても、年下夫の深い愛情に溺れています。※ただしヤンデレ風味 途中で政略結婚の意味すら変わってしまう。アンネマリーも予想外のびっくり展開あり  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

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Chapter 1

01.政略結婚は王族の義務ですので

 婚礼衣装を身にまとい、整えられた赤い絨毯の上を歩く。神殿の厳かな雰囲気に似合いの、柔らかな曲が流れていた。未婚の貴族令嬢が、両側から花びらを撒く。白い花は教会の庭で育てられ、こういった場面で使用されてきた。

 同じ白い花を束ねたブーケを手に、しずしずと歩いた。右足を踏み出して揃え、左足で一歩進んで揃える。まどろっこしいが、花嫁のなら断れない。実際に歩いてみると、裾を踏むこともなかった。実用性もあるのね。

 感心しながら、私はさらに進む。やや俯いているのは、我が国のしきたりだ。花嫁は花婿がヴェールをあげるまで、視線を合わせない。くだらないと思うが、ご先祖様の決めたことは守らないと。

 王であるお父様のエスコートでたどり着いた三段を、一人で登った。お父様が助けてくれるのは段下まで、ここから先は神様の領域だ。新郎新婦と神官様だけが立つことを許される。長い裾を引く私が並ぶのを待って、大神官様が声を張り上げた。

「アリスター・シリル・ソールズベリー、そなたはアンネマリー・カリン・フォン・ヴァイセンブルクを妻として迎え、生涯裏切らぬ愛を捧げることを誓うか」

「ソールズベリーの名誉に懸けて、誓います」

 夫の声は若々しく張りがある。

「アンネマリー・カリン・フォン・ヴァイセンブルク、そなたはアリスター・シリル・ソールズベリーを夫として尽くし、生涯変わらぬ愛を守り通すことを誓うか」

「ヴァイセンブルク王国の名に懸けて、誓います」

 互いに王族ともなれば長い名前が当たり前。読み上げる大神官様が良く噛まないものだと感心する。私なら最低、二回は間違えると思う。夫と妻で文言が違うのは、嫁ぐ側と迎える側の違いだけ。もしアリスター王弟殿下が私の婿に来るなら、誓いは逆になっただろう。

 迎える側は望んだ以上、浮気せずに一途に愛して裏切らないと誓う。望まれた側は婚家を支え、変わらぬ愛……というより、貞操を守る約束を行う。多神教の為、神は一柱ではない。いずれかの神が、この誓いを聞き届けて祝福をくれるのが通例だった。

 今回はピンクの花が降ってきたので、愛と豊穣の女神アルティナ様でしょう。ひらひらと空中から舞ってくる花びらに、金色の光が注いだ。こちらは全能の天上神ゼウシス様? 二柱も祝福を貰えるなんて、とても恵まれている。

「失礼する」

 硬い口調のアリスター王弟殿下は精一杯背伸びして、私のヴェールをそっと捲った。一瞬固まる。もしかして、お好みではなかったかしら? こてりと首を右に倒すが、しゃらんと音を立てて揺れた髪飾りに遮られた。これ以上傾けたら、落ちてしまうわ。

「……っ、綺麗すぎます。女神の化身かもしれない」

 え? いま、なんて?! 聞こえたが、思いがけない言葉だったので目を見開く。近づく夫となるアリスター殿下の顔……整った顔を縁取る黒髪も、優しそうな青い瞳もぼやけて。唇に触れるだけの口付けを受けた。

「これにて、二人の婚姻は成った」

 大神官様が宣言し、結婚式は終わった。ここから私の新しい結婚生活が始まる。問題があるとすれば私の夫は十歳で、年の差は十二歳もある。初夜はどうしたらいいの。

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01.政略結婚は王族の義務ですので
 婚礼衣装を身にまとい、整えられた赤い絨毯の上を歩く。神殿の厳かな雰囲気に似合いの、柔らかな曲が流れていた。未婚の貴族令嬢が、両側から花びらを撒く。白い花は教会の庭で育てられ、こういった場面で使用されてきた。 同じ白い花を束ねたブーケを手に、しずしずと歩いた。右足を踏み出して揃え、左足で一歩進んで揃える。まどろっこしいが、花嫁のしきたりなら断れない。実際に歩いてみると、裾を踏むこともなかった。実用性もあるのね。 感心しながら、私はさらに進む。やや俯いているのは、我が国のしきたりだ。花嫁は花婿がヴェールをあげるまで、視線を合わせない。くだらないと思うが、ご先祖様の決めたことは守らないと。 王であるお父様のエスコートでたどり着いた三段を、一人で登った。お父様が助けてくれるのは段下まで、ここから先は神様の領域だ。新郎新婦と神官様だけが立つことを許される。長い裾を引く私が並ぶのを待って、大神官様が声を張り上げた。「アリスター・シリル・ソールズベリー、そなたはアンネマリー・カリン・フォン・ヴァイセンブルクを妻として迎え、生涯裏切らぬ愛を捧げることを誓うか」「ソールズベリーの名誉に懸けて、誓います」 夫の声は若々しく張りがある。「アンネマリー・カリン・フォン・ヴァイセンブルク、そなたはアリスター・シリル・ソールズベリーを夫として尽くし、生涯変わらぬ愛を守り通すことを誓うか」「ヴァイセンブルク王国の名に懸けて、誓います」 互いに王族ともなれば長い名前が当たり前。読み上げる大神官様が良く噛まないものだと感心する。私なら最低、二回は間違えると思う。夫と妻で文言が違うのは、嫁ぐ側と迎える側の違いだけ。もしアリスター王弟殿下が私の婿に来るなら、誓いは逆になっただろう。 迎える側は望んだ以上、浮気せずに一途に愛して裏切らないと誓う。望まれた側は婚家を支え、変わらぬ愛……というより、貞操を守る約束を行う。多神教の為、神は一柱ではない。いずれかの神が、この誓いを聞き届けて祝福をくれるのが通例だった。 今回はピンクの花が降ってきたので、愛と豊穣の女神アルティナ様でしょう。ひらひらと空中から舞ってくる花びらに、金色の光が注いだ。こちらは全能の天上神ゼウシス様? 二柱も祝福を貰えるなんて、とても恵まれている。「失礼する」 硬い口調のアリスタ
last updateLast Updated : 2025-11-11
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02.積極的に言葉を使っていこう
 王女として生まれたからには、政略結婚は義務よ。平民には手の届かない豪華な衣服や装飾品を与えられ、美味しい食事を頂き、綺麗に掃除された部屋で暮らす。その代わり、国や民にとって利のある王侯貴族と結婚して縁を結ぶのが、王家に生まれた姫の役割だった。 今回の結婚は、かなり政治的な要素が強い。隣国ソールズベリー王国の貴族が、我がリヒテンベルク王国で死亡した。その代償として賠償金と共に差し出されたのが、末姫の私だった。望まぬ強制的な結婚と思われそうだが、実はそうでもない。 私は兄や姉と年齢が離れていた。一番上の兄とは十五歳も年が違う。今の私が二十二歳だから、姪と二歳しか違わない。その所為もあって、早くに母を亡くした私を可愛がってくれた。過剰なくらいの愛情をたっぷり浴びて、幸せに暮らしてきたのよ。 国を支える家族が苦境に陥った今、助けられる立場でほっとした。若い王弟殿下が相手でなければ、一つ上の姉が婚約を解消する羽目に陥る。側妃として国王陛下に嫁ぐ話もあったの。相思相愛なのにお気の毒だし、私なら誰とも婚約していないので迷惑もかけない。 溢れんばかりの愛と保護のお礼をするには、ぴったりの役割だった。他国で冷たくされるかもしれないけれど、一生分の愛情を注がれたと思っている。だから恩返しは私にとっても望む状況だった。 この世界はすべて多神教の国ばかり。崇める神様に違いがあっても、それを理由に迫害されることもない。私は女神アルティナ様の加護を受けているから、粗雑に扱われる可能性は低いけれど。念のために、と家族は私に護衛もつけてくれた。 結婚式が終わり、慣例通りに花嫁花婿は神殿に入る。ソールズベリー王国の主神は戦いの神アレスト様だった。アレスト様の凛々しい神像が立つ神殿の奥、普段は立ち入れない宮で初夜を迎える。禊用のぬるい温泉を使い、体を清めてから薄布を纏う。「姫様……うっ、うう……あのような、子供相手に……」 目出度いはずの結婚で、ずっと目を晴らして泣き続けるのは、ねえやのラーラだ。今は専属侍女として、私の世話をしている。彼女にしたら、大切に育てた姫様が、あのような子供に嫁ぐなんて……となるらしい。「泣かないで、ラーラ。私は国や家族の役に立てて、本当に嬉しいのよ」 母国語での会話は、これで最後にしなくては。覚悟を決めて、まだ拙いソベリ語を声に出す。『
last updateLast Updated : 2025-11-11
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03.閨事は任せてください!
 さきほど夫となったアリスター殿下は、すでに待っていた。ラーラは一礼して下がり、私は立ち尽くす。用意された寝台に座るアリスター殿下は、俯いていた。 そうよね、怖いわよね。 申し訳なさで胸がいっぱいになる。こんな若くて、まだ幼いと言ってもいい年齢なのに。一回りも年上の女を娶らなければならない。ましてや、政略結婚で、戦争になりかけた国の王女だなんて。「アンネマリー様、こちらへお座りください」 丁寧に示されたのは、ベッドの……なぜか隣だった。並んで座ったら、閨事がしづらいのでは? でも夫が隣にと望むなら、従うのが妻よね。透ける衣装が恥ずかしくて、体を隠しながら腰掛けた。「僕のことは、シリルとお呼びください」『っ、まだせで申し訳なかっだ。まだ、へだぐそやけんど……ソベリ語で、話すようにすっけんよ。よろしぐ頼んますわ。マリーと呼んでくんろ』「……は、はい。あの……マリー様は、ソベリ語をどこで習得されましたか」『そんりゃ、王宮だがや。そんるずべりーからきだ、ひど、三人も頼んだだ。あど、けぇご……いらんでな』「敬語なしにするよ、ありがとう」 すごく嬉しそうに笑ってくれて、頑張ってソベリ語を習得した価値があったと思う。まだまだ未熟だけれど、上達したら流暢に話せるわ。嫁ぎ先での摩擦は少ない方がいいもの。『そんで、閨事に関しで、なんがしってっか?』「任せてください!」 さすがは王家の男児、しっかり叩き込まれているようだ。教育係が犯罪じゃないのかしら? そう思いながらも、知らないと答えられたら困る。助かったと思いながら、シリルの指示に従って横になった。するりと隣に滑り込んでくる。 侮れない。私の胸に顔を埋め、首筋に唇を押し当てた。これは……うん、寝ている。完全に寝ているわ。擽ったいのを我慢する間に、眠ってしまったらしい。えっと、疲れていたのかな? 仕方ないよね、朝から準備に忙しかったし、下手すると昨日も儀式の手順の確認とかしてたはず。 こんなに子供なんだもの。手一杯だったでしょう。愛おしく感じて、シリルの黒髪を撫でた。青い瞳がないと、さらに幼く見えるのね。王侯貴族の政略結婚は年齢差が普通だけれど、こんなに離れていたら弟だった。それもいいわ。 シリルを立派な紳士に育てて、年増でお役御免になった私は離婚しよう。実家……は迷惑かもしれないから、どこかに小さな家
last updateLast Updated : 2025-11-11
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04.君のソベリ語は僕が独占したい
 翌朝目覚めて、腕の中で身じろぐ温もりが心地よい。胸元に真っ赤な顔が埋まっていた。なんてこと! 窒息しかけたのかもしれない。『申し訳ねぇ! おらぁっ、そんだらづもりじゃ』「いや、大丈夫。落ち着いて」 年下にぽんぽんと背中を叩かれてしまった。年上の余裕とか、全くなくてお恥ずかしい。ベッドヘッドのクッションに寄りかかり、並んで座った。頭の位置が明らかに低い。年齢による身長差ね。私の座高が高いわけじゃないと信じているわ。『えっどぉ、おはよ、ごぜぇます』「おはよう、マリー。その……言いづらいんだけど」 王弟殿下アリスター様、いえ……夫のシリル様が切り出したのは、思わぬ発言だった。「しばらくは母国語で話してもらえないか? 僕や両親も話せるし、慣れているだろう。だから……」『お、おらのぉ、ソベリ語……へっだぐそだがらか?』「っ、違うよ。とても素敵で愛らしいんだけれど、その……僕だけが聞きたいんだ。そう、僕の我が儘だ! マリーがここの生活に慣れたら、また僕に聞かせてほしい」 言われた内容を纏めると、つまり……私は大陸の標準語である母国のヴァイス語で話してほしい。この国はほとんどの人がヴァイス語を話せることと、私のソベリ語を独占したい旦那様の意向が理由。 嬉しいかも。頬が緩んでしまう。やっぱり自由に言葉を操れる母国語は楽だし、独占したいなんて言われたら喜んでしまう。年下で弟みたいな年齢だけど、顔立ちも整っている異性の褒め言葉に頬が赤くなった。「っ、わかりました」 ヴァイス語に戻すと、シリル様は微笑んでくれた。そういえば、結婚式も大陸標準語を使った。ご家族には事前に挨拶だけしたけれど、ヴァイス語で普通に会話したもの。 結婚してすぐはヴァイス語で生活し、慣れたらソベリ語……いえ、旦那様であるシリル様の前では使ってもいいのね。条件を確認し、微笑み合う。そこへ遠慮がちなノックの音が聞こえた。「お目覚めでしょうか」 ラーラではない女性の声だ。このソールズベリー王国の人かしら。シリル様に視線を向ければ、彼が入室の許可を出した。「起きている、入れ」 王弟という地位に相応しい、とても立派な指示ですね。入室した女性は、神官服だった。女性神官なのね。視線をやや伏せて準備が整ったことを知らせた。食事、入浴、着替え……どれも選べる状態らしい。「入浴後に食事をする。着
last updateLast Updated : 2025-11-11
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05.首の包帯が見えちゃったかも
 首元の包帯が気になるので、きっちり隠せる襟の高いドレスを選んだ。ガラスを割って切り傷なんて、子供みたいで恥ずかしいんだもの。 神殿は質素倹約の建前を使い、やや物足りない朝食を用意した。パンに野菜や肉を挟んだ軽食よ。ソースがとにかく美味しくて、ラーラがこっそり材料を聞きに行った。また作ってもらえると嬉しいわ。 大神官様達にご挨拶をして、お式の翌日には帰宅するのがルールだ。神々の御許で結ばれるのは、幸せなことよ。ただ、この儀式にはお金がかかる。寄付金という形で、ある程度の金額を納めるの。そのため神殿奥の部屋を使えるのは、王侯貴族や裕福な商人くらいだった。 平民は少し離れた場所に立つ、神官達の宿舎の一角を使用する。こちらは寄付金がリーズナブルで、穀物などの物納も受け付けるらしい。そちらにも泊まった新婚夫婦がいたようで、おめでとうの声が飛んできた。『ああ、ありがとう』 さすがに慣れておられるのか、シリル様は笑顔で応じている。自国の民に対してはソベリ語なのね。では私も!『あんが……っ』 あんがとなぁ、の途中で口を塞がれた。シリル様の手、温かいのね。「僕との約束を破るの? 他の人に聞かせたらダメと言ったよね」 そうだった! はっとして何度も頷く。満足そうにシリル様が手を離してくれた。私は苦しくなかったけれど、押さえる手が震えていたのよね。いま確認した感じでは、目一杯背伸びしていた? やだ、可愛い。「助けてくれて、ありがとうございます。シリル様」「い、いや……」 白い肌がぽっと赤くなる。シリル様の肌は私より白いかも。すぐ赤くなるから、日焼け注意ね。姉は肌が白くて、よく真っ赤になっていた。思い出しながら、シリル様と手を繋いだ。「あなた方も、おめでとう。幸せになってくださいね」 微笑んで、ヴァイス語で挨拶する。顔を見合わせて一礼する様子から、話せないけれど聞き取れるのだと判断した。頭を上げた彼らの視線が、首筋に向かう。包帯、見えちゃってるのかしら。気になるが、人前で直すのもおかしいし。 ここは笑顔で切り抜けよう。いくつかの新婚夫婦に、母国語で話しかけながら通り抜けた。迎えにきた馬車に乗り込み、首元に触れる。包帯は……出てないわね。動いた時に、ちらちらしちゃったかも。「しばらく離宮暮らしになる。公爵の地位を賜ることが決まっていて、新居は建設中なんだ」
last updateLast Updated : 2025-11-11
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06.驚くほど立派なお部屋だわ
 離宮のお部屋は、すでに滞在準備が整っていた。王宮の侍女達は有能なのね。感心しながらお部屋を見て回る。入り口の正面に応接セット、扉はないけれど隣室にベッドがあった。寝室なのだけれど、ここはもう一つ扉がある。 おそらく、夫になったシリル様のお部屋に繋がっているわ。お父様達のお部屋もそうだったもの。ただ、ヴァイセンブルクの王宮では、寝室の扉があったのよね。首を傾げたものの、慣習の違いでしょうと理解した。 寝室には大きなベッドがあり……なぜ部屋の中央なのかしら。一辺くらい壁に接しているわよね? ど真ん中に置かれ、壁から離れている。よくわからないけれど、別に不自由はないからいいわ。頭の方角は壁に付いていたら、部屋が広く感じられるでしょうね。 自室へ戻れば、左側の手前にアーチ状にくり抜かれた壁がある。中には小さめの部屋があった。窓がなく、壁に向かって机が備え付けられている。正面が棚になっているから、作業用? ラーラも後ろで首を傾げた。「初めて見る造りでございますね」「ええ、本を読むなら静かでいいかも」「書斎はあちらにございましたし、暗いところで本を読むのは疲れます」 違う目的の部屋かもしれない。後でシリル様に聞いてみよう。自室へ戻って隣の扉を開ければ、トイレやお風呂があった。書斎はどこかしら。尋ねたら、ラーラが一つの扉を示した。「こちらでした」「あら、広いのね」 壁一面に本が並ぶ部屋は、窓からの光が差し込んで明るい。扉の先は少し通路になっていて、隠し部屋みたいに感じられた。この通路の幅が、お風呂やトイレの奥行きと同じみたい。歩数で数えて、頭の中に見取り図を描いた。「クローゼットは?」「こちらのようです」 書斎の奥、本棚の影にやや細長い扉がある。案内されて入れば、広いクローゼットがあった。書斎と同じくらいある。お母様のクローゼットでも、こんなに広くないわ。ぽかんと口を開けて見まわし、慌てて手で隠した。はしたない。「すごく広いのね」「ドレスをトルソーで飾るようですね」 大量のトルソーがあるので、ドレスの形が崩れないよう飾っておくみたい。ヴァイセンベルクは潰して吊るしていたから、その違いで広いのね。振り返れば、書斎側の壁に小さな引き出しがびっしりと並んでいた。 本棚と背合わせで、お飾りを入れる棚がある。髪飾りやベルト、ショールなども細かく分けて収
last updateLast Updated : 2025-11-11
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07.お世辞でも嬉しくなるわ
 母国で人気のあるふんわりしたスカートを選んだ。ところが着用してから失敗に気づく。中に骨を組むから、隣に並ぶ人に身長が必要なの。でも骨を抜いたら、裾がぺたりと落ちるわ。長くなって引きずってしまう。「お待たせするけれど、着替えましょう」「こうしてはいかがでしょう」 ラーラの機転で、骨を数本抜いた。スカートの膨らみがやや抑えられ、代わりに隣に人が立って近づくことが可能よ。デザインは変更になったけれど、それでもおかしくないし。何より軽くて動きやすいわ。 鏡の前でくるりと回り、問題ないと判断して微笑んだ。お礼を言って、化粧や髪飾りも頼む。手際よく準備するラーラの前に座り、宝飾品から指輪を拾い上げた。綺麗な黒真珠が中央に、その周囲を薄いピンクの珊瑚が飾る。 我が国の王族は、赤毛に金色かかった琥珀の瞳が特徴よ。ソールズベリー王国は黒髪が多く、青い瞳ばかり生まれる。この宝石の色は、両国の特徴を備えていると思うの。友好関係を築こうとするなら、歩み寄りの姿勢を見せることは大切よね。 同じデザインの首飾りも取り出し、準備しておいた。化粧が終わってからつけないと、粉が付いてしまうわ。手際よく化粧を行うラーラに任せ、目を閉じたり開いたり。あっという間に、それなりの美女が出来上がった。 お姉様のほうがお綺麗だから、すっごい美女ではないけれど。見苦しくなければいいわ。王侯貴族は、綺麗だったり美しかったりする人が、結びついて生まれる。当然、遺伝の法則として美男美女ばかりよ。もちろん、やや綺麗だったり、ものすごく美人だったり。多少の差は生じるけれど。 確認して、首飾りを当てた。ラーラが後ろの金具を留める。夜のドレスと違い、胸元が大きく開くデザインではない。お姉様は豊かに波打つ赤毛だけれど、私はやや色が金髪がかって明るい。オレンジに近い赤だった。ストレートの髪をくるりと巻いて、真珠の髪飾りで留めた。「大丈夫かしら」「とてもお綺麗です」 いつものやり取りね。クローゼットの中に身支度を整えるスペースがあり、助かったわ。ここなら外部の人に見られる心配がないもの。準備を終えて立ち上がり、困惑する。「ねえ、あの狭い扉から出られるかしら」 書斎から繋がる扉は、細長かった。ドレスの幅が引っかかるのでは? 首を傾げる私に、ラーラが廊下側の壁を示す。よく見たら、扉があるじゃない。白っぽい壁
last updateLast Updated : 2025-11-11
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08.親しくさせていただきます
 謁見の間では、一般的な王族同士のご挨拶が交わされる。半ば言葉や仕草が決まっているから、無作法もなく終えた。ほっとしたところで、お義姉様に当たる王妃殿下に誘われる。「こちらでお茶でもいかが? せっかくですもの、仲良く過ごしたいわ」 砕けた口調になったことから、私的なお誘いと判断する。断るのは簡単だけれど、ここは従うのが正解ね。今の「お茶でもいかが?」は後ろに「お前に断る権利などないけれど」が潜んでいると思うの。「光栄です、王妃殿下」 微笑んだ途端、隣で腕を組むシリル様が口を挟んだ。「義姉上、僕も同行します」 えっと……そんなに危険はないはずよ? 私も一国の王女でしたから、それなりに対応できます。でも夫の同伴を断る新婦もおかしいかしら。「ではどうぞ」 考えている間に、促されて話が進んだ。驚いたことに、国王陛下もご一緒なのね。心配なさらなくても、王妃殿下に危害を加えることはありませんのに。 控え室なのか、豪華だけれど落ち着いた部屋に通される。家具は応接用のローテーブルやソファー、飾り棚がすこし。食器の入った棚が角にあり、その隣は本がびっしり。書斎と居間を足して割ったような感じね。「アンネマリー姫、隣にお座りになって!」 先ほど謁見の間で公的な顔をしていた時は、落ち着いた雰囲気だった。王妃殿下は少女のようにはしゃぎ、ご自分が座った隣を手で叩く。従うべき?「義姉上、マリーは僕の妻です」 むっとした口調でシリル様が頬を膨らませる。可愛い、指で突きたい!「やれやれ、そこは私の席ではないのか? シンディー」 王妃殿下はシンディー様、国王陛下のお名前は……確か。「意地悪言わないで! クリフ。綺麗な義妹が出来たんだもの。仲良くしたいじゃない。着飾ったり、一緒に過ごしたり、楽しみにしていたのよ」 そうそう、クリストファー様だったわ。普段はクリス様と略すのね。「マリーは僕と座るよね?」「一晩独占したんだから、今くらい譲ってくれてもいいじゃないの。アル」 シリル様が「アル」? ファーストネームの「アリスター」から来ているのかしら。「シンディー、新婚に無理を言ってはいけないよ」 当然のように手を引かれてソファーの前に来たものの、王妃殿下の視線が気になり座りづらい。国王陛下が隣に座って、王妃殿下の隣を埋めてくれた。唇を尖らせる王妃殿下はと
last updateLast Updated : 2025-11-11
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09.ディーお義姉様にバレちゃった
 翌日は朝から忙しかった。お披露目は数日後、夜会の形で用意されている。その夜会で着用するドレスの試着から始まった。仮縫いまで済んでいたドレスを、大急ぎで調整する。「こちらをもう少し詰めて。そこは緩めていいわ」 お針子達が大忙しで、デザイナーの指示に従って動く。ここまでは普通な気がするのに、ディーお義姉様が指揮しているのは、なぜかしら? 「あら当然よ、私がデザインしたの」 趣味の一環だというけれど、すごく綺麗なドレスだわ。体に沿う形だけれど、下品ではない。腰のところから巻き付く形で裾までフリルが繋がる。それがまるで魚のヒレのようなの。すごく自然で、見た目より動きやすい。 思いつく限りの賛辞を並べたら、ディーお義姉様は嬉しそうに微笑む。このドレスと色や素材を対にして、シリル様の衣装も仕立てたそうよ。ソールズベリー王国では、何か大きな行事があるたびに衣装を仕立てる。 母国ヴァイセンブルクでは、季節ごとに仕立てるのが主流だった。定期的に作るから、色などを家族で被らないようにしたり、逆に似せて揃えたり。直前に慌てずに済むよう、お飾りも一緒に手配するのが一般的なの。 毎回、何か行事があるたびに呼ばれるなら、お針子達も大変ね。そう思っていたら、彼や彼女達はお城の専属だった。侍女や騎士など、城で働く人の服を一手に引き受けているらしい。直しもあるでしょうから、一年中安定して仕事があるのね。 違いに感心していると、ディーお義姉様が突然、ソベリ語で指示を出した。『そこは、もっと下……そう、この辺りがいいわ』 飾りのビーズの取り付け場所みたい。仮縫いドレスを私に合わせ、考えている。今の位置より、この辺がいいんじゃないかしら。思った言葉がぽろりと溢れでた。『そっだら、ごごでえんでねが?』 胸元を指差して口から溢れたソベリ語に、慌てて手で覆った。いけない、ディーお義姉様に釣られたわ。これはシリル様に叱られてしまう。『……、いいわね、そうしましょう。仕上げて頂戴』 ディーお義姉様の指示で、ドレスが片付けられる。私は下着姿のまま、動けずにいた。後ろのラーラはおろおろしている。部屋着を私に被せようとして、動かない私に眉尻を下げた。腕を差し出し、袖を通す。 手際よくワンピースを着たところで、ディーお義姉様が振り返った。『ソベリ語、話せるのね?』『は、はいぃ……ただ、
last updateLast Updated : 2025-11-11
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10.寝室での会話は秘密がいっぱい
 私の想像通り、寝室の反対側はシリル様の部屋が広がっていた。執務室を兼ねた書斎やクローゼットも揃っている。お風呂などの隣にあった小部屋について尋ねたら、侍女の控え室だと教えてもらった。 女主人が部屋で過ごす間、控えている場所らしい。棚には本のほか、茶葉やティーカップを揃える人もいるのだとか。なるほどと納得した。だから扉は作らなかったのね。それに、一人分のスペースしかなかった。 ラーラに使ってもらおう。自国では、侍女は壁際に立って待つ。でも座って待ってもいいなら、楽だと思うの。ラーラに後で話しておこう。「それで、なんだけど」 巨大なベッドの端と端に腰掛け、私達は目を合わさず会話をしていた。向き合ったら照れてしまうわ。言いづらいこともあるし……。「はい」「このベッドで一緒に寝ることになる、のは……平気?」「何も問題ございません」 もしかして、初夜に寝ちゃったことを気に病んでいるのかしら。だったら、気にしなくていいと伝えるべき? 触れないのが正解かも。迷いながら振り返れば、シリル様と視線が合った。「その……神殿での夜のことは、なぜか僕達がうまくいったと伝わっていて……そのままにしてもらえると助かる」「承知しました。微笑んで受け流すように致しますね」 男児だもの、初夜に花嫁に手を出さなかったなんて。噂になったら面目が立たない。私だって、年下夫に見向きもされないおばさん扱いされたくなかった。お互いに利益しかないわ。「私もそのほうが良いと思います」「うん、ではそうしてくれ」 王族らしい話し方だけれど、やっぱり子供ね。柔らかく聞こえるし、内容が愛らしいわ。「今日のことなのですが……その……衣装合わせの際に、ディーお義姉様にソベリ語で応対してしまいまして」「はっ?! え! 何か言ってた?」 すごい勢いでベッドに乗り上げるから、離れているのにのけぞってしまった。恐る恐る、ディーお義姉様の提案を口にする。ソベリ語を話せないし、聞こえないフリで情報を引き出すんですって。「ああ、うん。なるほど……その言い訳……言い回しは思いつかなかったな」 言い訳、と言いませんでした? 他に何か理由があるのかしら。こてりと首を傾げた私が「言い訳?」と繰り返したら、困ったように眉尻が下がった。 歳の差があるシリル様は恋愛相手ではないけれど、やっぱり顔がいい。王族って
last updateLast Updated : 2025-11-11
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